・剣風帖で京一&主人公です。
・主人公の名前はデフォルトの「緋勇龍麻」。
・まだ苗字呼び時代のある日。
・それでも宜しければ続きからどぞ。
「ねぇねぇ、お願いがあるんだけど」
ちらりと声の方へ目を動かすと、葵を伴った小蒔が斜め前の席の住人に笑いかけている。お願い、と言う割に全く悪びれた様子もない為、重大さは余りないようだ。隣りで苦笑している葵も控えめだが何処か楽しげだった。
なんだなんだ?、と京一は首を傾げた。
小蒔達の事だから、アン子のように無理難題を緋勇に頼み込む事はしないだろうが、純粋に何をお願いするのかが気になった。
勉強云々なら緋勇より葵の方が成績は良いし、二人共運動が苦手な訳でもない。
一体何なんだ、と興味津々と耳をそばだてていると、醍醐も気になったのか三人の輪の中に近寄っていった。…なんだか仲間外れにされたような気がして直ぐに席を立つ。餓鬼じゃないのだから、と内心頭を掻きながらも、どうした?、といつもの調子で緋勇の隣りを陣取る。
「あ、京一達は後でね。僕達が先なんだから!」
「あぁ?俺と醍醐がいちゃ出来ない話なのかよ?」
「そういう訳じゃないけどー…ねぇ、葵?」
途端に渋った風に唇を尖らせた小蒔が葵を見遣る。しかし、彼女の親友は可笑しげに小さく笑っただけだった。
「小蒔が、緋勇君を名前で呼びたいんですって」
さらりと親友が口に出した言葉に小蒔が、あーぁ、とがっくりと肩を落とした。京一達の前で言っちゃったダメだよ、と力無く首を振るものだから、京一と醍醐は、はて?、と首を傾げるしかない。お願いの内容は判ったが、それをどうして己達の前でバラしてはいけなかったのだろうか。
「僕達が名前呼び一番乗りしようと思ってたんだよ」
「はぁ?」
「だってさ!もう緋勇君は僕達の仲間なのに、ずっと苗字呼びは何だか変じゃないか!で、折角なら一番乗りして京一達に自慢しようと思って」
「…その理屈でいくと、醍醐は苗字のままでも良いのかよ」
正当性を主張する小蒔にざっくり切り込んでやると、あ、と間抜けに口が開かれた。醍醐は醍醐で何を考えたのやら、あらぬ方を見て苦笑いしている。
「だだだだ醍醐君が仲間じゃないからとかそういうんじゃないよ!唯、何だか恐れ多いと言うか何と言うか…!」
「判った…気にしていないから落ち着け桜井…」
えーとえーと、と手足をばたつかせながら弁解する小蒔に、本人が言う通りそれ程気にしていないのだろう、醍醐も極力穏やかな表情を作っている。
「今更名前で呼ばれても、それはそれでどうにも落ち着かん。今のままで俺は問題ない。それに、今は緋勇の話だろう?」
「あ、そうだった!ねぇ、緋勇君、《龍麻君》って呼んでも良いかなぁ?」
本末転倒気味な小蒔を軌道修正してやる醍醐に、最近転がし方が板について来たなぁ、とぼんやり考えながら、そのまま緋勇に目を向ける。長い前髪の隙間から、ぱちぱちと瞬く瞳が見えた。戸惑っている様子はなく、いつも通りのぼんやりとしたものだった。しかし、小蒔を見上げ瞬く様子は、何事かを考えているようで……。
酷く、気に食わなかった。
すんなり良いよと返事を返すものだとばかり思っていた。
名前くらい好きに呼べば良いと。
何を考える事があるのだろうか。
小蒔がたまたま一番に訊いたけれど、もし自分が同じ様に一番に訊いていても、緋勇は迷ったのだろうか?
そんな詮ない事を考え、緋勇自身は何も口に出していないというのに、どんどん深みに思考が落ちていった。
どうしてだか、むしゃくしゃした。
どうして即答しないのか、と考えながら、一番にお前の名を呼ぶのは俺じゃないのか、と憤る。
呼び方くらいで、なんて先程自分で笑って置いてなんという自分勝手だろうか。
憮然と頭を掻くと、ことりと緋勇の頭が傾いた。
「名前、で…良い。…龍麻で、良いよ?」
え?、と小蒔と葵が瞬いた。醍醐も思いも寄らない応えに片手で顎を摩っている。京一自身も、緋勇の申し出に一瞬唖然としてしまったが、自分も皆と同列に扱われた気がして、また何故か苛々が腹に溜まっていく気がした。
一人占めしたい欲求が沸々と沸き上がり、それを誤魔化すように再度頭を掻くと、緋勇が固まってしまった周囲をきょとりと見回して、最後に己に顔を向けた。その面が、ふわりと微笑む。
「龍麻で、良いから」
まるで自分だけに告げられたかのような錯覚に陥る。ジワジワと嬉しいという感情が全身に広がっていく。
簡単に浮上する己に現金だと感じつつも、歓喜の嵐が吹き抜けていった身体の中心をそっと押さえて緋勇を見返した。
前髪に隠された瞳が、呼んで、と言った気がして、自分も相当だな、と一度苦笑してから口を開いた。
「…龍麻」
呼ぶと、嬉しげにその瞳が細められ、微笑を滲ませた口が、京一、と柔らかく名を告げた。
どうしてだろうか。
呼び方一つ変わっただけで、こんなにも嬉しくなる。名を呼んで、返ってくる己の名が、酷く甘ったるく優しく感じられるのはどうしてだろうか。
「龍麻、龍麻…」
言葉を覚えたての赤子のように繰り返し呼べば、満面の笑みで同じように名が返る。
それに、へへへ、と思わず笑うと、京一ばっかりずるーい!、と小蒔が間に割って入った。
「僕も僕も!葵、せーので一緒にね!」
せーの、との掛け声に可笑しそうに笑いながら、葵も小蒔と声を揃えて名を呼んだ。次いで返された名に、途端に自分と同じように表情を緩ませる。
「最後は俺か」
二人の様子に瞳を和ませていた醍醐が、力強く名を口にする。そして、雄矢、と仲間内ではあまり呼ばわれる事のない名前に、改めて言われるとくすぐったいものだな、と苦笑して、次いで空気を切り替えるように腕を組んで頷いた。
「改めて。龍麻も、皆も、宜しくな」
「うん!こっちこそ!」
「うふふ。私も宜しくね、皆」
穏やかにお互いの顔を見合った周りに、あぁ、と小さく笑って、続いて当たり前のようにこちらに顔を向けて口許を綻ばせる。その笑顔に応える為に、担いだ袈裟袋でトンと肩を打つ。
集まる注目の中、へへへ、と破顔する。
「宜しくな龍麻。小蒔も美里も醍醐な。――てな訳で、改めて宜しくって事で、いっちょ皆でラーメンでも食いに行くか!」
待ってました!、と手を打ち鳴らす小蒔に葵の苦笑が混じる。
王華で良いな、と早速提案しながら帰り支度を始める醍醐に、おう、と返し、同じように支度を始めた姿に改めて向き直る。
「行くぜ、龍麻」
ぐっと握り拳を突き付けてやれば、珍しくくしゃりと眉を寄せて笑って、こつんと拳が当てられた。
「行こう、京一」
隣に並んだ顔に満足げな笑みが閃いているのを認めて、また嬉しくなって名を呼ぶ。京一、と飽きずに名を呼んで、龍麻はふわりと笑って首を傾けた。
祝苗字呼び脱出!
おめでとう京一!やっと自覚してきたかこの野郎!
それにしても龍麻がなんとなく狡猾に見えてしまうのは私だけでしょうか?
別に菩薩様のような裏は一切ないのですが。本気で白なんですけれど。何故か計算かと思うような京一への態度。うーん。
イチャイチャしてないくせに龍麻ばっかり素でタラシだからかなぁ。
京一がラブを自覚してくれれば落ち着くかなぁ、と淡い期待。
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