・剣風帖で京一×主人公です。
・主人公の名前はデフォルトの「緋勇龍麻」。
・剣風帖第六話『恋唄』の話。
・それでも宜しければ続きからどぞ。
京一、と。
名を呼ばれ、振り返る。誰もいない校舎。誰もいない教室。
知った声だった。
妙に弱々しい、震えるような声だった。
念の為にと廊下を覗き、そこに人っ子一人いない事を確かめた。
夕暮れに染まる廊下はしんと静まり返っている。部活動に励む生徒達が未だ残っていてもおかしくない時間帯にも関わらず、音一つない不気味な雰囲気がそこにはあった。しかし、不思議と不快な気分にはならず、唯夕日の赤に目を細めた。
「京一」
と、背後から声が掛かった。
驚いて振り返れば、忽然と人が窓際に立っていた。
「龍麻?」
学生服の少年が一人、ぽつんと窓際からこちらを見ていた。
…龍麻だった。
転校生でクラスメートで仲間で、一番の友人が、背中に赤を受けながら立ち尽くしていた。
珍しく上着を着ておらず、ズボンからYシャツも出して、釦すら腹部付近の一つ、二つを留めただけのルーズな格好だ。
長い前髪に邪魔されて表情は判然としないが、漂う気配が常とは違い希薄だった。
「龍麻?どうしたんだよ、そんな――」
そんな格好で、と続けられる筈だった言葉を遮って、龍麻の口からこぽりと吐き出されたモノに凍り付く。
ボタボタ、と。唇から溢れ出したモノが、龍麻の胸元を毒々しい色に染めた。
――――血。
その単語が閃いた時には、龍麻は大量の鮮血を吐き出した後だった。
余りの惨状に目を見開いたまま動く事が出来ない京一を余所に、龍麻は苦しげに胸元を押さえ、屈み込んで尚も赤い体液を吐き出そうとする。その様子に、弾かれたようにやっと駆け出し――――転瞬、我が目を疑った。
龍麻が、窓から堕ちた。
何かに引き摺り落とされたかのように、ずるりと。
あっという間に、視界から消えてしまった。
「龍麻ああぁっ!」
大絶叫で名を呼び、窓枠に手をついて眼下を見下ろす。龍麻の血でぬめるサンに構わず身を乗り出した。
「っ!」
堕ちていく。
こちらを見上げた形で堕ちていく龍麻の腕が持ち上げられ、こちらへ助けを求めるように差し出された気がして、必死に腕を伸ばした。―――――届く訳が、ないのに。
まるでスローモーションだ。
酷くゆっくりと世界が動く。
堕ちていく龍麻。腕を伸ばす自分。舞う鮮血。耳鳴りのような鼓動。
もどかしくぎりりと歯を食い縛る。と、泣き出しそうな顔で龍麻の口が開いた。
――――タスケテ。
「………………」
両手を天井に向けたままの格好で、京一は我に返った。
見慣れた天井。嗅ぎ慣れた匂い。耳慣れた静寂。
ここは自宅の自分の部屋だ。
(あ、れ…?)
夕暮れの教室などではない。無意識に壁に掛かった時計を見遣る。それが二時を少し回っているのを確認し、やっと深く息を吐いた。
ベッドに仰向けに寝転がったまま胸元を押さえる。汗でぐっしょりと寝れたTシャツの感触に夢と現実が混じり合い、恐る恐る押さえた手を目線の先に持って来る。夜目に慣れ始めた目には、あの毒々しい色に染まった肌など当たり前だが見付けられなかった。
「胸糞悪ぃ夢だな…」
血濡れた友人の堕ちていく様など、金輪際見たくもない。何が理由であんな夢を見たかは知らないが、何かを暗示しているようで薄気味悪かった。
龍麻に何か遭ったのだろうか。
虫の知らせと言うには生易しくない情景に一つ舌打ちし、もう一度胸元を押さえた。
どくどくと、高く鳴り響く鼓動は、未だ治まっていなかった。
翌朝、あれから妙に目が冴えてしまい早々登校して見れば、朝練だったと言う小蒔と生徒会の用事で早出していた葵の二人から、珍しい事もあるものだ、としげしげと眺められてしまった。言い訳をしたくとも、夢の内容を話すのは憚れて、ウルセーよ、と悪態をついていると、いつもより遅れて醍醐も登校してきた。
「ん?珍しいな京一。お前が俺より早いなんて。雨でも降るんじゃないか?」
「大将までそんな事を…かぁーっ!少しはやれば出来るじゃないかとか褒める奴ぁいないのかよ!もう俺には龍麻しか……って、そういや龍麻は?」
「未だ来ていないのか?」
「そう言えば見てないなぁ」
辺りを見回す醍醐に、小蒔も葵と顔を見合わせた。心配げに眉を潜めた葵が、いつもならとっくに来ていてもおかしくないのだけれど、と独り言のようにごちて、主のいない空席を見遣った。
「京一と一緒だったら遅刻ギリギリでも変じゃないんだけど…この馬鹿はもう来ちゃってるし……」
京一が龍麻の部屋によく寝泊まりしている事を知っている面々がウンウンと一様に頷いた。二人一緒の場合、龍麻が京一に合わせて登校してくる為、龍麻が遅めに登校する事自体は少なくはない。しかし、龍麻一人の場合はしっかりとホームルームの二十分前には席に着席している。それを知っているからこその発言だったが、小蒔は首を捻りながら京一を見遣った。
「京一が早起きしたから、龍麻が寝坊しちゃったとか?」
「どんな理屈だコラ」
間を置かずに言い返せば、えへへ、と悪戯っぽく小蒔は頭を掻き、しかし次いで表情を引き締めて葵同様空席へと視線を移した。
「龍麻に限って大丈夫だとは思うけど……何か遭ったのかなぁ?」
――――何か遭ったのだろうか。
どくん、と鼓動が鳴った。
今朝の夢がフラッシュバックし、思わず口を押さえた。
(まさか…)
そんな、と思いながらも、冷や汗が背中を流れた。
「どうしたの、京一君?」
「え!」
ハッと顔を上げると眉を寄せた葵と目が合った。周りを見遣れば醍醐と小蒔も訝しげにこちらの様子を窺っている。何か知っているのか、と無言で訴えてくる三対の視線から逃れるように、京一は口角を上げた。いつもの自分らしく、袈裟袋で肩をトントンと叩く。
「きっと寝坊でもしたんだろ。アイツだって人間だしな、面倒臭くなってそのまま二度寝しちまってんじゃねぇか?」
心配ねぇよ、と殊更明るく言ってやれば、そうよね、と不安の残る、しかし幾分朗らかな声で葵が同意を返し、小蒔も頷いた。醍醐だけが疑わしげに京一に目を当てたままだったが、それでも京一に何も告げる気が無い事を感じ取り、嘆息を一つ吐いた。
「今は様子を見よう」
ちらりと一瞥を寄越すことを忘れずに重々しく告げた醍醐に、京一は唯小さく笑い返す事しか出来なかった。
――――そして、龍麻不在のまま数日間が過ぎる。
やっと×話です。
でもまだ京一は気付いていません。
序盤の夢の所ですが、あぁいうの好きです。
いざ書くと周りには珍しいと言われてしまうのですけれど。
凄惨なシーンを凄惨に書けない残念な文章力ではありますが。
続きます。
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