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★諸注意★
・黄龍妖魔學園紀(九黄同時存在)です。
・主人公の名前はデフォルトの「緋勇龍麻」「葉佩九龍」。
・京一×龍麻、皆守→葉佩前提です。
・最初から最後までどネガティブな皆守です。
・それでも宜しければ続きからどぞ。





苦しい。

息が吸えない。

目の前は真っ暗闇で、こぽりこぽりと水泡が自分の口から零れては頭上高く昇っていく。

苦しい。

沈んでいく。

搦め捕られる。

もがいた気がしたのに、周りは静かなまま。
唯、こぽりこぽりと水泡が昇るだけ。

 

 

「甲太郎?」

とんとん、と肩を柔らかく叩かれ、意識が急速に覚醒していく。瞼を持ち上げると、未覚醒の視界に金色の光がぼんやりと広がった。

(あぁ、お前か……)

いつだって、お前の周りは朝焼けのような鮮やかさで、その度に眩しさに目を開けていられなくなる。それなのに、その光に焦がれ、見えない視界を閉じる事も出来ないのだ。

「くろう…?」

縋るように伸ばした手に、光の影が身じろいだ気がしたが、構わず黒い髪に触れた――――そして完全に目が醒めた。

「……緋勇?」
「あぁ」

触れた髪がさらりと滑らかに指を摺り抜けていく感触で、相手が想い人ではないことに気付いた。あれの髪は自分と同じ猫っ毛だから、羽毛のようにふわふわとしているのだ。
漸く目醒め切った目でもってクリアになった相手を見遣る。己でさえ綺麗だと思う顔を長い前髪で隠した男が、心配げに顔を覗き込んでいた。緋勇龍麻――――秋に編入してきた転校生の一人だ。
年不相応な落ち着きを持った彼は、実際自分よりだいぶ年上らしい。それにしてはぼんやりと危なっかしい所が多い気はしたが、遺跡内で在っても自分の事は自分でどうにか出来る強さを持っていて。
格好良いな、と羨ましげに笑ったのは、もう一人の転校生であり、焦がれて止まない葉佩九龍。

「うなされて、いたから……ごめん」
「…あぁ、いや…寝惚けただけだ」

謝罪が何を意味するかに思い当たり、素直に間違えた事を伝えてやれば、そう、と心配げだった表情に笑みを佩いた。
笑うと元からの童顔も手伝ってかより幼くなる葉佩とは違い、こちらまでホッとするような唯々綺麗な龍麻のそれに、じわりと目頭が熱くなった。

「…?」

クリアになったはずの視界が曇り始め、頬を温いものが滑り落ちていった。
手の甲で拭うとそれは透明な滴で、拭っても拭っても止まらなかった。

「甲太郎?」

龍麻が柔らかに呼んだ己の名に、またジワッと目頭が熱くなった。

泣いている。

これはどうした事か。
優しく撫でられる髪に、袖でぽんぽんと柔らかに拭われる目尻に、大丈夫だと言わんばかりの綺麗な笑顔に、縋って喚き立てたくなった。
他人に、ましてや出会って日も浅い転校生相手に醜態を晒すなんて呆れを通り越して不思議ですらあった。
どうして急に?何故?
不意に脳裏に甦った夢の記憶に、どろどろと真っ暗な感情に飲み込まれそうになる。

「…………っ」

苦しい。

息が吸えない。

拭っても拭っても拭っても。
涙で濡れた手が、別のモノで濡れて穢れているかのような錯覚。

苦しい。

沈んでいく。

搦め捕られる。

見下ろした両手が赤黒く染まって見えた。

「甲太郎」

震えながら握り締めた両手を、そっと包み込む白い手。それにも穢れが移ってしまいそうに思えて、手を解こうとしたが結局叶わなかった。
力なんて一切入っていないだろうに。
意識と心と身体がバラバラになってしまっていて、身動きすら取れなくなってしまっていた。

「ひゆう…手が――」

穢れる、と、なんとか口に出そうとして、振られた頭に言葉が詰まった。

「何ともない。俺も。甲太郎も、同じだ……だから、大丈夫」

傾いた頭で、額を前髪が流れた。真っ暗な色なのに、どうしてか温かさを湛えた瞳に、塞きが壊れた。

「怖い夢を、見た?」
「……」
「どんな?」
「…くらやみに、落ちる、夢」
「一人だった?…そう、でも、もう一人じゃないから…大丈夫」

幼い子供が母に泣き付くように、泣いて、頷いて、引き攣る喉で喋った。宥める龍麻の声が、日向に置かれた氷のように、やわやわと絡み付いた闇を溶かしていく。
闇を吐き出すようにそろそろと詰めていた息を吐いた。

「…甲太郎。話して、楽になるのなら、聞く」

同じ黒でも、暗闇とは全く違う穏やかな瞳が、喉に引っ掛かっている言葉を取り除いてくれようとしている事に気付きながらも、あと一歩踏み出せない弱さに足を捕られて、ふるふると勝手に首が振られてしまった。それでも、龍麻はうっすらと微笑さえ零しながら手を握り締めた。

「甲太郎。力を抜いて。言える範囲で、大丈夫。……それに、今だけ、俺は耳が聴こえなくなる、から」

ほら、と握った両手を己の耳へと導いて、塞ぐように押し当てた。次いで、大丈夫、と微笑んで見せた龍麻は、促すように首を傾げた。

「……俺、は…………っ」

震えたままなのに、躊躇わずに声を出せた。
どうしてか、抗えなかった。
こいつに言ったって、と考えながら、聞いて欲しい、と思った。

「俺は、あいつの…敵、な、んだ…っ」
「…………」
「仲間、とか……親友とか、好き、とか…いってもらえる、よう、な…やつじゃ、ない、んだ…」
「…………」
「俺、は…っ、ぜったい、に…最期は……いっしょにいて、やれな…いっ……俺が、たおれるか、あいつが…九龍が、たおれるか、しか、ない、から…っ」
「…………」
「どう、したら……どうした、ら…………どうして、好きに、なんて…なったん、だ……どうして、《転校生》、だったんだ…っ、どうして九龍だったんだ…!」

吐き出した言葉は金切りめいていて。
見つめる黒檀の瞳には、歪んだ自分の顔が映り込んでいた。その瞳が、気付けば近付いてきて、左頬を摺り抜けていった。己の両手に添えられていた手が背中に回ってきて、ぽん、と一つ叩かれる。
――――我慢が吹っ飛んだ。
龍麻の耳を塞いでいた手をそのまま同じように背へ。応えるようにほんの少し加えられた力に、締め付けるように力を入れ返した。

「…っ…………」

獣のような呻きが食いしばった歯の隙間から洩れた。
喚き立てたかった。泣き叫びたかった。
同時に、どうして龍麻相手にこんなにも弱い部分を曝け出してしまったのか思い到った。

この手が。この瞳が。この声が。
全てで、甘やかしてくれるからだ。

強いとか、弱いとか、そうした類いのものではなく。
それは、幼子への無条件の母の包み守るような愛情のようで。

だからだ、と。
縋りながら、龍麻の背に爪を立てた。
ほら、やっぱり変わらない。
与えられた痛みすら、龍麻は許してしまう。

(――九龍は……)

きっと赦してはくれないだろう。
いっそ、詰って、疎まれて、蔑まれた方が、楽だ。
泣かれてしまうのが、一番堪える。
泣かせるような事をしている自覚はあるが、それでも、と。

「九龍……」

大切な大切な。
だからこそ、自分の手で終わらせたい。

きつくきつく、腕に力を込めた。愛しいあの首を絞めるかのように。
許されると、甘えて。許してくれると、分かっていて。
きつくきつく、腕に力を込めた。助けを願うかのように。

「甲太郎…」

龍麻が、酷く悲しげに呟いた。

「お前を、救えるのは……俺じゃ、ない……」

――――分かってる。
甘えさせてはくれるけれど、彼の手にはもう、自分以外の手が繋がれてしまっているなんてこと。
――――分かってる。

お前じゃ駄目なんだって事ぐらい。

分かってるから。

「すこし、だけだ…から…っ」

抱き潰した身体からはっきりと力が抜けたのを知って、俺はやっと嗚咽を零した。

 



個人的にどツボな甲ちゃんです。
たまには甘えたになっても良いと思うんです。うちの甲太郎が甘えられる人間には限りがあるし、今は未だ好きな人相手じゃ甘えられない見栄っ張りさんなので。
ひー様もいつもは「ガンガン行こうぜ!」な人の相手ばかりなので、たまにめためたに甘えられたりすると嬉しいんじゃないかなぁ、と。
そして、葉佩とより甲ちゃんとセットの方が書いてて楽しいです。葉佩は逆に京一とセットの方が活きが良い気がします(笑)

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