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★諸注意★
・剣風帖で京一×主人公です。
・主人公の名前はデフォルトの「緋勇龍麻」。
・剣風帖第六話『恋唄』の話。
・それでも宜しければ続きからどぞ。





耳に残る残響音は、燃え盛る炎の声と、崩れ去る木とコンクリートの叫び。静かに紡がれる花のような微笑。
それらを全てを掻き消すような、悲痛な慟哭。

(畜生…離れねぇ)

鬼道衆によって炎の海と化したその場所で、一人の少女が兄と共に逝った。

――――助けられなかった。

そう言って泣くのを堪えた龍麻。
それは、誰でも懐に受け入れ、花のように笑みを返していた龍麻が、皆に辛く当たってしまう程の衝撃だった。
わざと、避けるような物言いをしていると判ってはいたが、理解と気持ちは別物で。拒絶された瞬間は、流石にどくりと心臓が妙な鼓動を伝えてきた。
それでも、龍麻の傍から離れたくない一心で無理矢理くっついてきたが、これは自分の我が儘でしかない。どうにか辛さを軽くしてやれないだろうかと、そんな傲慢な理由しか思い付けない自分が情けない。
本音は、龍麻が戻ってきたのだという実感を持ちたかっただけなのに。

(……唯、それだけだった筈だった)

壁に背を預け、耳を澄ませば、ザァッと激しい水音が聴こえる。
擦った揉んだの末、京一がカッとなって冷水を引っ掛けた為に、龍麻は現在壁を挟んだ向こう側でシャワーを浴びている所だ。
元から煤汚れていたので風呂に入った方が良いとは思っていたが。…なんだか申し訳なさが込み上げる。風邪をひかなければ良いがと、冷たくなっていた肌を思い出し――――そして項垂れた。

水で膚に張り付いたシャツだとか、髪が掻き上げられて明瞭になった容貌だとか、やつれた為か蠱惑的な目線が。胸に縋った温かさが。吐息が。

気付いたら腕が伸びていて。
無意識、だった。
思わず、だった。
抱き締めて、キスして、自分のモノにしてしまいたくなった。

京一はズルズルと壁に背を滑らせると両足を投げ出した。腕で顔を覆うと、自然と口からは重い溜息が零れた。

(しっかりしろよ、俺…)

相手は男だろ。
いくら女より美人で器量良しと言っても。
好みだから抱ける、とか。それはあんまりにも龍麻に失礼だろう。
ガリガリと髪を掻き乱す。

(そうじゃない。そんな場合じゃない)

今は龍麻の傷を癒す手助けをしなければ。
色恋にうつつを抜かしている場合ではなく……て…………。

(…………でも、どうして…龍麻にだけ、こんなに必死になってんだ?)

よくよく己の数日間の行動を思い返すが、今までの自分では考えられないような事ばかり。
走り回って走り回って。寝食を忘れる程、頭の中は龍麻で占められていて。
京一は思わず苦く笑いながら自らの頬を抓った。
痛い。現実だ。
いや、これはまた別の確認の仕方だったか、と思った以上に混乱気味の思考にもう一度笑みを引き攣らせる。

(オイオイ…まさか本当に?)

冗談抜きに、龍麻の事が――――。

(好き、なのか?)

友愛としてなら勿論好きだ。しかし恋愛としてなら?

泣かせたくないとか、笑っていて欲しいとか、声が好きとか、何でも一番になりたいとか――――一人占め、したいとか。
京一の知識では、それはもう友愛の域ではない。
抱き締めたいと思った事も、キスしたいと思った事も。もっと心の内を暴けば、きっと抱きたい、と思っているに違いない事も。

(もう……ダチの域じゃねぇ)

壁に当たっている背中が熱い。まるで壁一枚隔てた向こうにいる龍麻の熱が伝わってきたかのような錯覚。それを心地好いと感じている事にやっと気付き、自覚が芽生えた事に顔面が火照り始め、背中にはこそばゆささえ感じた。
何だか改めてとっくりと考え込んで見ると、恥ずかしい事この上ない。

「そういや…アイツが俺以外の奴といると落ち着かなかったっけ…………名前も、一番でないと嫌で――」
「何が嫌、なの?」

ぼんやりと徒然に口を開いていると、不意に横合いから声が掛かった。
どきり、と心臓が鳴った。
固まった首をなんとかぐぎぐぎと巡らせれば、未だ髪から雫を垂らした龍麻が、隣にしゃがみ込んでこちらを覗き込んでいた。

「あ、と…いや、腹減ったけど、お前はお粥じゃないと嫌だろうなぁ、とか…な?」

実際、数日間胃に何も入れていない龍麻に通常通りの食事が摂れるとは思えないのであながち間違ってはいないのだが、思わず誤魔化してしまった己が心の内にヒヤリとしたものを覚えながら、京一の言葉を疑わずに飲み込んで黙考した龍麻ににっこりと笑って見せた。

「卵粥とか、胃に負担がかからねぇようなもんにしねぇとな」
「京一は、どうする?」
「んー…、適当に食うよ。冷蔵庫あさって良いならな」
「……冷凍庫に、焼きおにぎりがあるけど…食べる?」

茶化すように言えば、くすりとやっと小さく龍麻が笑った。やっぱり笑った顔が一番好きだ、と緩む頬は自覚症状の何物でもない。
湯上がりの桜色の膚に自然と動悸は早まり、苦し紛れに、ちゃんと髪を拭け、とタオルを取り上げて頭に被せた。しかし、わしゃわしゃと拭き撫でてやると途端に柔らかなシャンプーの匂いが香り、気持ち良さげに瞳を細める龍麻の表情と相俟って理性がクラクラと眩暈を起こした。

(ヤバい…)

ギクリと動きを止める。それでも彼の笑みと同じふんわりと甘い香りは消える訳もなく、うっかり伸びそうになる手を麻痺しがちな理性を総動員して止めて見るが、今度は急に挙動が可笑しくなった京一を不思議に思った龍麻が覗き込むように無防備に顔を寄せてきたりしたものだから堪ったものではない。
京一?、と呼ばれた己の名が馬鹿みたいに甘ったるく聴こえる。

「顔、赤い…けど?」
「…っ」

またもや無防備に龍麻の手の平が京一の頬に触れた。途端にザワザワと背中を痺れが駆け上がった。

「龍麻、ちょっと待った…っ」
「…京一?」

近付く龍麻の肩を押し返して俯く。自分でも驚く程顔が熱かった。それに下っ腹が疼き始めていて、恥ずかしさもどえらいレベルになっていた。
流石に何度も不審な行動をした為か両肩を押さえられたまま若干訝しい視線を送ってきていた龍麻だが、それも瞬きの内に消し去って、転瞬京一と同じ様に俯いてしまう。一拍後、京一、と小さく龍麻が名を呼んだ。

「…もう、大丈夫、だから……京一、帰って…良い、よ?……俺に、付き合う事…ない、から……」

大丈夫、と言った龍麻の声が震えていた。
はっとして顔を上げる。
震えないよう、平静を装おうと必死になった声に、龍麻が己の振る舞いを誤って捉えてしまった事に気付く。
ただでさえ、先程構う構わないのとやり合ったばかりだというのに。負担を減らしてやりたいと思いながら、自分が龍麻の負担になってどうする。

「龍麻っ」

違う、と声を掛けても、俯いた頭は、まるで拒絶するように横に振られるばかり。

「龍麻、悪ぃ。ちょっと考え込んでて、それで…だから、心配しなくても大丈夫…大丈夫だからよ。な?」
「…京一も、疲れてる…から、帰って、休んで……」
「俺はそんなに暴れてねぇから大丈夫だって…ほら、顔上げろよ。話し、するんだろ?」

横に振られ続ける頭を一撫でし、そっと両頬に手を添えて持ち上げた。伏せられていた面に掛かる髪を耳の方へ梳いてやって――――京一は目を見開いた。
寄せられた眉と、滲む真黒、震える唇。
零れそうな透明な雫に、あの夢がフラッシュバックした。

「…っ!」

泣かせたくない。
そう瞬間的に、思った。

「っ…京、い――」

だから。
衝動に任せて、震える唇を己のそれで塞いだ。吐息と共に呼ばれかけた名も全て飲み込んで。触れるだけなんて、優しいものではなく、下唇を食むようにして音を立てて解放する。想像よりずっと柔らかいそれに離れ難さを感じつつも吐息が交わる程度顔を離す。

「龍麻…?」

大きく目を開いたまま微動だにしない龍麻に、流石に少しだけ焦りが生じる。いきなり前触れもなく同性からキスをされてしまったのだから、固まる気持ちは判る。勢いとはいえ、加害者としての罪意識はしっかりある京一が恐る恐る頬を撫でるが、ピクリと髪が揺れただけだった。

「龍麻…おーい…?」
「――え?…あ……ごめん、ちょっと、吃驚、して……」

眼前で手を振ってみると、やっとパチパチと瞬いて龍麻の視線が京一と交わる。本当に『吃驚した』だけらしく、何度も瞬く以外にこれといって何も変化の見えない龍麻に、寧ろキスを仕掛けた京一の方が心配になってきてしまう。まさか心が度重なる負担に耐え兼ねてショートしてしまった訳ではないだろうな、と馬鹿な考えまで浮かんだ。
普通、同性にいきなりキスされたら嫌がるんじゃないか?巫山戯るな、と怒る所だろ?

「た、龍麻?お前、判ってんのか?」
「え?」
「いや…その…さっきの…意味を、よ…………嫌じゃ、ねぇのか?」

何処までもおっとりを崩さない龍麻に内心恐々としながらも、京一は再度龍麻の頬にそっと触れてみた。目尻へ撫でるように指を動かすが、返ってきたのは拒絶ではなく受容。

「龍麻…?」
「…………嫌、じゃない…けど」
「けど?」
「京一は、嫌じゃ…ないの?」

龍麻が京一の手に、自らのものを添えた。見つめてくる瞳の中には、好意と困惑と恐れが入り混じっていて、自分も同じ縋るような目をしているのだろうか、と京一はふっと小さく笑った。

「嫌じゃねぇよ」

添えられた手の平に指を絡ませ己の唇に近付ける。そのまま押し当てて吸うように口付けると、龍麻の指がぴくりと痙攣した。見返した瞳には、もう恐れはなかった。

「龍麻、嫌じゃねぇなら、もういっぺん……良いか?」

髪を一筋手繰り寄せ首を傾けると、一拍後、うん、と小さな応えがあった。それに京一も応え、ゆっくりと顔を近付けた。
初めに鼻先が触れ合って、次いで吐息が交じる。龍麻が瞼を下ろしたのを合図に、そっと京一は龍麻の唇に自らのものを重ねた。





やっとこさバッテンです。やったね。私。
プレイボーイ京一はこれから過去の関係を清算して回るのでしょう。
実際、京一がモテない訳ないんで、大変そう(笑)
結構意識して自分の気持ち考えてみたらすとーんと簡単に気付けた京一ですが、龍麻はなんとなーく感覚で京一が一番好き→キスされて好きの種類に気付く→自分の好きと京一の好きが同じものであることに吃驚って感じです。殆ど野生の勘(笑)龍麻にとったら怒濤の展開なんですけどね。
そして次からはイチャつき度がK点を超えます。

続きます。

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