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★諸注意★
・景主従の仲を取り持つ浩瀚の話。
・結構景麒に関して妙な角度で盲目なので、原作の景麒と若干違います。多分。本人自覚なし。
・それでも宜しければ続きからどぞ。




 


――――また機嫌が悪い。
陽子は隣に侍った下僕を盗み見て嘆息した。眉間に皺の寄ったその顔に、内心で、あっかんべー、と舌を出す。
理由はきっと、陽子が朝議に遅刻をしたからだ。
慶国の歴史を学ぼうと、手初めに子供用に簡単に訳された本を読んでいたら、そのままのめり込んでしまった。気付いたらだいぶ夜も更けていて、慌てて布団を被って寝たが、案の定寝坊をしてしまった。
急いで支度をしたが当然間に合う訳もなく、遅れに遅れて参加した朝議の間では、不機嫌な宰輔と呆れ果てた官吏達、そして一人静かに微笑を返した冢宰が待っていた。
まず遅れた事を謝ると、これまた案の定、失笑とも取れるさざ波が官吏達の中に生まれ、宰輔の眉間に一本皺が増えた。
陽子はそんな事は既に予想の範疇で、朝早くから沸々と沸いて来る怒りをなんとか静めた。

(ワンパターン過ぎて面白くもない…)

内心鼻で笑って、陽子は首を傾けた。しゃらりと豪勢な簪が音を立て、目の端で自らの赤い髪が揺れた。それを見て、陽子は深く嘆息する。
――――どうせ遅れて行くのだからしっかり着飾っていって頂戴。
着替えを手伝ってくれた親友の少女達が目を吊り上げて言うものだから思わず頷いてしまったが、何も走る事が出来ない程着飾らなくても良いんじゃないか、と陽子は思う。

(お仕事なんだし…)

せめて走る事が出来ればもう少し早く着けたのに。
しかし走ったら走ったで、また何かぐちぐち言われるのだろうな、と思うと、やっぱり寝坊した自分が悪いな、と後悔せざるをえない。
目覚まし時計があれば良いのになぁ、と嘆息した所で冢宰の浩瀚と目が合った。
ちらりと目配せされ姿勢を改める。
陽子達がいる段より数段下がった所では、一人の官吏が朝だと言うのに朗々と奏上を述べていた。
――――雑念が多過ぎて言葉が左から右に通り抜けていた。

(でも未だにさっぱりだ)

念仏のようにしか聞こえない奏上を、景麒や浩瀚に簡単に噛み砕いて教えてもらわなければ未だに意味不明なのだ。自分で聞いて考えたいと思っても、何を言っているかがちんぷんかんぷんでは話にならない。自分の未熟さに苛々するのをぐっと堪えて大人しく待っていると、景麒が小さな声で奏上の内容を耳打ちしてくれた。

「どう致しますか、主上?」

陽子は浩瀚を見た。
大概無表情の冢宰は、ちらりと笑みを閃かせて陽子を見返した。

「夏官長に任せようと思う。冢宰はどう思う?」
「宜しいかと存じます」
「台輔は?」

あっさりと頷いた浩瀚から視線を転じて見上げた半身は、少しの間の後、是と応えた。陽子はそれに片眉を上げた。なんだか気になる間だった。

(何が気に入らない?)

浩瀚は頷いてくれたのに。
表情はそのままに、内心でぶすくれる。
お優しい麒麟様は何が気に掛かったのだろうか。
陽子は肘置きにほんの少し寄り掛かると、垂れてきた髪を乱雑に背へと払った。

 

 

明くる日、また宰輔の機嫌は下降していた。
時間ぴったり、身嗜みもばっちり、朝議への意欲もちゃんとあった陽子は流石にこれには我慢ならなかった。

「景麒、何か私に言いたい事はないか?」

朝議の後、陽子は政務に向かう景麒を呼び止め、自らの執務室に招き入れた。

「いえ、特に何も…」

単刀直入に聞いた結果がこれだ。
何もないと言いながらも不服そうな顔。

「そういう風には見えないけど?最近、やけに機嫌が悪いように私には感じられるけど、一体何だ?麒麟が始終そんな渋い顔をしていたら民も官も不安がる。そうだろう?」
「生来この顔ですから。主上がそう仰るのなら善処致します」
「生来?嘘だな。日に日に機嫌悪そうになっていってる」
「そのような事はございません」

いたちごっこだ。
お互いに一歩も退かずに言い合っていると、控え目に入室を告げる声がした。陽子が、是、と応えると、浩瀚がひょいと顔を覗かせる。

「お邪魔であれば後程伺いますが?」

陽子と景麒を交互に見比べて、浩瀚がやんわりと羽扇の陰で声を出す。
浩瀚が羽扇を手にしている時は手持ち無沙汰でそんなに慌ただしくなく余裕がある時。だから本当に今すぐというわけではないのだろうが、敢えて陽子は浩瀚を呼んだ。

「良い。もう話しは終わったから」

乱暴に言い放つと、景麒は無言で拱手し、浩瀚と入れ違いに出て行った。
陽子はその態度にも眉を寄せたが、結局ツンと顎を逸らしただけで済ませた。

「それで、冢宰はどんな御用で?」
「地官長から今年の収穫高について書簡が…」

苛々としながらも表面上は澄ました顔をしている主を羽扇の陰から見遣り、浩瀚はひっそりと嘆息した。

 

 

午を回り、食事をとって一休みしていた陽子の所にひょっこり浩瀚が顔を出した。

「主上にお渡し忘れていたものがございまして」

そう言って差し出されたのは慶の歴史書。幾日か前に読破した子供用の物から少しだけレベルアップしたものだった。

「前の物は読み終わったと仰っておりましたので、続きをお持ち致しました」
「わ、ありがとう。済まない。忙しいのに」
「いいえ。主上がしっかりご政務に励んで下さっているので、実は今日は割と暇なのです」

陽子はちらりと浩瀚を見た。手にはまだ羽扇が握られている。

(本当に手が空いているんだ)

陽子はちょっと考えてから、浩瀚を手招いた。はい?、と不思議そうな顔を寄せて来た浩瀚に、陽子は首を傾けた。

「ちょっと相談に乗ってくれないか?」

 

 

だん!、と高い音を立てて卓子に湯呑みが置かれた。

「あいつ、本当何なんだっ?」

空になった主の湯呑みに茶を注ぎ込み、自分の物を口元に近付ける。立ち上る薫りを、くん、と一度嗅いでから浩瀚は一口飲んだ。――――酒ではない。やはり唯のお茶だ。
主が酔っていない事を確認して、浩瀚はまた一口お茶を啜る。

「気に入らない事があれば言えば良いじゃないか。情けないけれど、言ってくれなきゃ、まだ私には分からないんだから。察するなんて器用なことが出来る程人間出来てないし…。そりゃあ、景麒の言うことだけ聞いてやるわけにはいかないけれど、でも私の考えより良案かも知れないんだから、意見ぐらい言ってくれても良いのに。それなのにだんまり決め込んでさ。言いたい事ありますって顔で、何も、って言うんだ。気になるだろそういうの。ねぇ、そうだろう浩瀚」

怒涛の愚痴を浩瀚はこくりとお茶と一緒に飲み下し、頷いた。

「仰る通りで」

投げ槍な答えに陽子はぶすくれた。

「浩瀚も思ってる?私が甘いって」
「正直に申し上げても?」

頷いた陽子に、浩瀚は居住まいを正した。

「まず主上が甘いかどうかについてですが、評判としては、甘い、との声が多数。――ですが、私個人の意見としましては、丁度良い甘さ、かと」

浩瀚は仄かに笑った。

「良くも悪くも丁度良い。取り返しが着かなくなる程悪くもならない。しかし、小さくとも確実に一歩前に進む甘さ――私は好きですよ」

そうか、と陽子は俯いた。正直ほっとした。もっと辛口で言われると思っていたから。
肩に入っていた力をほんの少し抜いた陽子に、浩瀚が目許を緩める。

「そして台輔ですが、元から気難しい所がおありにはなりますが、台輔は台輔なりに主上の事をご案じなされていらっしゃるのですよ」

お茶を一口啜った浩瀚に、陽子がまたぶすくれた。それに浩瀚は肩を竦める。

「慰めはいらない。あいつは絶対、仕方のない奴だ、と私の事を思っているに違いない」

好きとか嫌いではない。
好かれているとは思うが――――景麒は麒麟だし――――王として、景麒は自分の事を信じてくれていないと思う。いや、全く信じていないわけではないだろうが、全部を陽子一人に預けてくれる程信頼されてはいないように感じられるのだ。
どうしても王である陽子でなければいけない事。最低限の事以外には触れさせてもらえていない気がしてならない。
陽子はそれが悔しい。新米で何も分からない甘ったれだと自分でも思っているのだ。
しかし、毎日少しずつではあるが、自分だって成長しているのだ。それが認めてもらえなくて悲しかった。

「分かってる。私が頑張ったと言っても、周りにはそれ程成長したようには見えていない事くらい」

周りにとっては取るに足らない小さな進歩。しかし、陽子にとっては泣いてしまいたい程大きな一歩なのだ。

「浩瀚には済まないと思っている。私の尻拭いばかりさせてしまって」

肩を落として俯いてしまった主に、浩瀚は微笑した。いいえ、といつもより優しく声を出す。

「主上が思っていらっしゃる程、私は優しくも甘くもないのですから。私に済まないと頭をお下げになられる前に、もっと御身の身近に気遣かって差し上げるべき方がおりましょう」

浩瀚はひらりと羽扇を回した。
さてどなたでしょうか、と薄い笑みを見せて首を傾げる。
すると陽子は腕を組んで嫌そうな顔をした。

「…………景麒?」
「お見事です」

間髪入れずに返せば、主は行儀悪く椅子の背もたれに寄り掛かって嘆息した。それを気にした風もなく、浩瀚は羽扇の陰で微笑する。

「台輔がお気の毒なので申し上げますが、実は以前から台輔から主上についてのご相談をお受けしておりまして」
「景麒が浩瀚に?」

何故言ってくれなかった、と陽子が責めるような目をするが、浩瀚はけろりとしたもので、聞かれませんでしたので、と羽扇を振った。
額に手を遣った陽子が視線で先を促す。

「台輔は私にこう聞かれました。――主上とどのようにお話したら良いか分からない、と。ご自分でお声を掛けると、いつも主上をご不快にさせてしまうから、と」

――――正直に申し上げて、冢宰が羨ましい…。
口下手だとは自分でも思っているが、主にどんな言葉を掛けたら喜んでくれるのか、検討がつかない。
決して言えない。頑張って下さい、だなんて。貴女が頑張って必死に踏み止まっている事は、初めから知っているから。
――――お休み下さい、と申し上げたらお怒りになられるでしょうか…?
項垂れて酷く落ち込んでいる麒麟の姿が、浩瀚には小さく見えた。
外見は自分とそう変わりないのに、確かにその時、小さい、と浩瀚は思ったのだ。

「先日、主上が朝議に遅れていらっしゃった事がありましたね。あの日の午、また台輔が私を訪ねて来られて、不甲斐無い、と仰られました」

顔を上げた陽子に浩瀚は微笑した。

「主上のご負担を減らして差し上げたいのに。自分には何が出来るのか分からない、と」
「……呆れていたんじゃなかったんだな」

無表情とも取れる顔で陽子が言った。

「私は…てっきり」
「そこが台輔の困った所ですね。もっと素直に仰られれば宜しいのに。一言二言が足りないんですから」

全く景麒は狡いな、と呟いて陽子が立ち上がった。

「可愛いじゃないか」

浩瀚が肩を竦める。陽子の事などお構いなしに湯呑に茶を注いだ。

「本当に麒麟らしい方ですから仕方ありませんね。優しさでがんじがらめになって身動きが取れなくなられていらっしゃる」

陽子は無言でお茶を飲み干し、よし、と気合いを入れる。同じく浩瀚も素知らぬ顔でお茶を一口飲み、ちらりと主を見た。生き生きとした顔に人の悪い笑みを浮かべている主に小さく吹き出す。

「ちょっと行ってくる」
「どちらへ?」

澄ました顔で問う冢宰に、王はにんまりと笑い返した。

「勿論、仲直りしに?」

軽やかに部屋を出ていく主の姿はどう見ても仲直りをしに行くようには見えない。

(まるで喧嘩を吹っ掛けに行くようなお顔でしたね)

浩瀚は主が出ていった扉を見つめ、羽扇を閃かせて、ふふ、と笑った。



浩瀚に若干嫉妬する景麒は可愛いと思うんです(どーん)
でも麒麟だから若干。麒麟だから素直にどうしたら良いかお聞きします。…本人には言えないのにね!
乙女路線爆走ですね!好きですよ景麒!
景麒の機嫌が悪かったのは、陽子を心配するが故。
「また無茶をなさって!」と思っても陽子本人には分かり易く顔に出したり出来ません。自分を責めて不機嫌なだけであって、陽子に対しては、寧ろ心配だらけです。
それなのに、何かと言うと陽子が浩瀚にばかり頼るから羨ましいんです。浩瀚そつなくこなすから(笑)
浩瀚は非常にマイペースなだけで、別に人付き合いが上手いという訳ではないんですけれどね。のらりくらり。
あ、でも景麒よりは上手いか!(笑顔)

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