・朱衡が弱る話。
・尚隆×六太前提です。
・ダメダメ朱衡でも大丈夫!という方は続きからどぞ。
初めに気付いたのは成笙だった。
「成笙…凄い渋いんだけど…」
六太が湯呑みから顔を上げて言葉と同じく渋い顔をする。
成笙は湯呑みから一口お茶を啜ると、一つ咳払いをした。
「珍しいな」
帷湍も苦笑いして湯呑みを卓子に置いた。目は覚めるけどな、と言えば、煎れ直す、と成笙が立ち上がった。それに尚隆が、いや、と手を振る。これで良い、と言う事らしい。本当に珍しく申し訳無さそうな顔をして成笙はぺこりと頭を下げた。しかし、席に座る直前、一人ぼんやりとしていた朱衡に目が留まる。
平然とお茶飲み下す姿に違和感を抱く。
「朱衡、無理に飲まずとも良いんだぞ」
声を掛けると、はぁ、と気の無い返事。
不思議に思いながらも、成笙はそれ以上追及はしなかった。
王の仕事を手伝って全員が徹夜をしたのだから、疲れているのだろう、ぐらいにしか思わなかったのだ。
それ以上に、徹夜くらいで失敗するような自分が情けなくて、成笙は意地で湯呑みの中をかっ喰らった。
数日後の事だった。
棚の上に置いた書簡を取ろうとして、踏み台から転げ落ちた者がいた。
「朱衡!」
寸での所で王がその身体を抱き抱えて大事には至らなかったが、台を踏み外した辺りから意識を失っていたらしく、呼び掛けても反応は無かった。
「うわっ、熱あるじゃん!」
額に手を当てた六太が声を上げた。尚隆も同じように額に手を遣り眉を寄せる。
然程高くはないが、今の状態からして、これから上がるだろう事は必至だった。
「部屋に連れて行く。六太、お前は侍医を連れて来い。それから帷湍達にも…」
「そんなの誰か人を遣れば良いだろ」
そう言って下官を呼び付けた六太に尚隆は嘆息した。言外に朱衡の傍を離れたくない、と言う事らしい。
「なぁ、朱衡大丈夫だよな?」
「仙なのだから、そう簡単にくたばらんさ」
でも、と眉を下げた六太は、しかし小さく呻いた朱衡にぱっと顔色を改めた。
「朱衡?」
顔を覗き込むと、うっすらと瞼を上げた朱衡が、ぼんやりと六太を見上げた。そしてちらりと視線を横に滑らせた。
「尚隆様…?」
頭の整理がつかないのか、何度か瞬いた朱衡に、六太が焦ったように手を握った。
「台を踏み外したんだぞ。覚えてるか?」
「台…踏み外した……」
それで、と合点したように零した朱衡は、身を起こそうとゆっくりと身動きして――――直ぐに六太に押し留められた。
駄目だって、と言う六太に、いいえ、と首を振る。
「私事で仕事を遅らせる訳には参りません」
「朱衡!」
「いいえ、なりません。主上と台輔にも、既にご迷惑をお掛け致しております。これ以上御手を煩わせる訳には参りません」
六太も負けじと食い下がるが、頑として聞かない朱衡に、一人黙していた尚隆が口を開いた。
「もう気は済んだか?」
言った途端に朱衡の身体を軽々と横抱きに抱え上げ六太を呼んだ。
「扉を開けろ。でないと蹴破るぞ」
ほっとしたように頷いて、六太が扉へと走った。
主上、と朱衡のきつい声が飛ぶ。
尚隆はそれを無視して六太が開け放った扉へとずかずかと歩いて行った。
「主上、降ろして下さい。自分で歩けます」
「却下だな。そんな事をすればどこぞで小官達に捕まってそのまま仕事に一直線だ」
「構いませんっ、降ろし下さいませ!」
「俺達が構うのだ、朱衡」
眉を寄せた主に、朱衡が唇を引き結んだ。言い返す事が出来ずに、ただ一言詫びた。すると尚隆達の傍を付いて来ていた六太が、違うぞ、と朱衡の垂れ下がった袖を引いた。
「迷惑掛けてるなんて言ってないからな。すげー心配してるって言ってんだからな?」
言葉が足りないだろ、と主を睨んだ六太に、朱衡は顔を伏せた。
「主上」
「なんだ」
「お怒りですか?」
「当たり前だ」
即答した主にまた朱衡の頭が下がる。
「お前は人の世話ばかり焼いていないで、少しは自分を顧みろ。だから無謀と言うんだ」
「名は体を現すんだろ。それ尚隆の所為じゃん」
六太、と尚隆が窘めた。肩を竦めた六太を朱衡が小さく呼んだ。
「申し訳ありません。このように主上に運んで頂くなどと…」
「申し訳ないと思うなら、安静にしててくれよ。で、直ぐに元気になること」
「しかし…」
「仕事は任せとけって。この馬鹿は俺がしっかり見張って置くから」
「見張られんでもやる。それに馬鹿はお前だ、六太」
さらに眉に皺を寄せた尚隆に、六太が舌を出した。
「そんな訳だから、お前は当分暇してろ。勅命だ」
「承服しかねます」
「しろ。文句は聞き飽きた」
尚隆が鼻を鳴らした。そして朱衡にちらりと視線を走らせ、次いで歩を速めた。
横暴だなんだと口は動いていたが、明らかに怠そうに尚隆の肩にしな垂れ掛かるようにしている様子が、熱が上がり始めた事を示していた。
六太も気付いたのだろう。心配そうに尚隆を見上げた。
「なぁ朱衡、暴れる元気ももうないんだろ?いくら死に辛いって言ったって、頑張り過ぎれば疲れもするんだ……俺が言うのも…あれだけど」
六太が済まなそうに頭を掻く。尚隆も心なしか渋い顔になっていて、朱衡はやっと口を閉じた。尚隆は急に腕に増した重さで、朱衡が力を抜いて身体を預けた事を知る。慎重に抱え直すと、主上、と弱々しい声が呼んだ。
視線を遣れば、上気した顔が必死に尚隆を見上げていた。
「お逃げに、なりませんね?」
尚隆は呆れたように片眉を上げ、次いで是と首肯した。
「任せておけ」
朱衡はほぅっと息を吐くと、そのまま主の胸に大人しく頭を預けた。
後宮の一画にある朱衡の部屋には、既に医師と帷湍らが待っていた。
寝台に寝かせた朱衡から二、三問診をした医師は、過労、とあっさり診断し、解熱薬を渡して終わりだった。
数日は良く休むこと。それが治療だった。
台から落ちた時の怪我は尚隆が庇ったお陰で一つもなく、一同は胸を撫で下ろした。
「ゆっくり休むことだな」
寝台の端に座り顔を覗き込んできた帷湍に、はい、と頷いて、今度は主二人を呼んだ。
「ご迷惑をお掛け致しました」
「だから迷惑じゃないって言ってるのに。固いなあ」
「はい。ですから心から感謝を――」
微笑した朱衡の手を六太がしっかりと握った。あんまりにも弱々しく笑うから、また心配になってしまった。しかし、握ったその手を、朱衡が上からぽんぽんと撫でた。
「ありがとうございます。またご心配をお掛けしてしまいましたね」
大丈夫、と笑った朱衡に、六太は一つ頷いて尚隆を見上げた。
「朱衡が寝るまで、付いていて良いか」
「好きにしろ。先に行っているぞ」
さっさと部屋から退散していく王に続いて、帷湍達も退出して行った。仕事の手を休めてまで様子を身に来てくれたのかと思うと、申し訳ないと頭を下げたくなる反面、素直に嬉しかった。
普段に輪を掛けて優しい帷湍。それに成笙は、気付かずに悪かった、と謝っていた。数日前に様子がおかしいのには気付いていたのに、と。自分自身、疲れているなんて気付かなかったのだから、気にする事なんてないのに、成笙の落ち込み具合ときたらない。失礼とは分かっていながら思わず笑ってしまった。
――――笑えるなら大丈夫だな。
ほっとしたように表情を緩めた成笙に、改めて周りに心配を掛けてしまったのだと実感して、途端に恥ずかしくなった。我が身の事ながら、もう少し考えて動けば良かったと、後悔ばかりが浮かんでは消えて行く。
「朱衡」
温かい手が髪を撫でた。
何度も何度も撫でられて、その優しさに無視してきた眠気が呼び起こされる。
「こっちの心配はいらないから。だから、心配させんなよ」
まるで言葉遊びだな、とぼんやりと思った。
是と応えたくても、もう瞼を持ち上げるのさえ億劫で、ただ握られた掌に力を込めて返した。
「良いよ。頑張らなくて。今は良いよ。その分尚隆が頑張るから」
茶化したような声で、どこかで固まっていた何かがほろりと溶けた気がした。
やっぱり申し訳ないと思いながらも、自分の為に主が頑張っていると考えたら、何だか非常に得した気がして、ちょっぴりの幸せ気分を味わいながら、朱衡はことんと眠りに落ちた。
友人に「弱った朱衡を尚隆が姫抱きとか良くない!?」とメールで言っていたら書きたくなってきて実際に書いてしまったもの。最近そんなのが多過ぎる…。
尚朱っぽいですが、それっぽく見えるだけで本当に唯の主従関係です。そんな曖昧なのが好き。基本帷湍×朱衡なので尚隆への矢印はあり得ない(笑) あるとすればそれは動物愛護の精神並の母性(?)愛。
うちの朱衡は王と台輔の手助けをしつつ自分の仕事もしつつなので、倒れる回数は実は一番多い設定。倒れるまで周りに気付かれ難いので倒れてから復活するのに2~3日も掛っちゃう。他の面々は倒れる程根詰めないし、周りに気付かれて止められるのであんまり倒れない。成笙なんかは流石に一番年寄りなのでバランス良く生活してます(笑)
それとうちの成笙、お茶汲み係なんです。そう言えばそんな設定どこにも書いてなかったな、と思って。今更ですけども(ホントにね)
王の護衛役(現在きっと夏官長あたり)だけれども、政治に首を突っ込む立場じゃないので自重して、それで暇なのでお茶でも汲むかみたいな。何だろうこの暇な国…。
最後となりましたが、ここまで長々と読んで下さってありがとうございました(平伏)
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