★諸注意★
・尚隆×六太です。
・尚隆が大怪我をして帰って来た所から唐突に始まります。
・弱った尚隆なんて見たくない!って方にはおススメ出来かねます。
・それでも大丈夫という方は続きからどぞ。
「こいつにしては珍しいへまをしたものだな」
「本当に。仙だからとて限度がありますのに…」
深く息を吐いた朱衡の肩を叩いて、帷湍がしゃがみ込んだ。目線を合わせて困ったように顔を歪める。
「台輔」
帷湍の視線と深く暗い菫の瞳がかちあう。
臥牀の端に腰を下ろしてぼんやりと牀を見下ろしていた六太は、馬鹿なやつ、とぽつりと笑った。
「勝手に出奔して、帰ってきたと思えば大怪我負ってるなんてさあ。王様のする事じゃないっつーの。なあ?」
ほんと馬鹿だよな、と肩を竦めた六太に、帷湍がゆるゆると首を振る。それにまた笑って、六太は臥牀を降りた。
うん、と背伸びを一つして、しゃがみ込んだままの帷湍に立つよう視線を向けた。
「大丈夫だよ」
それが何に対しての大丈夫なのか、帷湍達には分からなかった。
浅い呼吸の中、見たこともない程弱り切っている主の状態を指してなのか。未だ血の臭いの濃い主の傍に付き従っている六太本人の状態を指しているのか。
困惑気味に小さな主を見返せば、六太がぴくりと肩を震わせた。臥牀を振り返り、茫然と主の名を呼ぶ。
「ろ…………く、た……?」
今度ははっきりと帷湍達にも聞こえた。臥牀へ寄った六太に続いて帷湍達も牀の中で呻く顔を覗き込む。
主はうっすらと瞳を半分程開けていた。視線が緩慢に動かされ、何処を見ているのかも判然としない様子だった。
尚隆、と六太が呼ぶ。それに応えるかのように、主が瞬いた。
「六太?…………朱衡、帷湍…成笙、何故こんな所に麒麟が、いるの、だ…………早く追い、出さんか…」
ひゅっと呼気を吸い込む音が苦しげで、朱衡は思わず震えた声を出した。申し訳ございません、と言ったその不安定な音に、尚隆がほんの僅かに口許を緩める。
「全く…また、朱衡の手、を…煩わせておったな…?」
六太、と微かに笑ったような声音に、ごめん、と六太の声。
「いや、俺も似たような、ものか……ふっ、ふ…我ながらとことん世話をかける、な」
笑って、しかし直ぐに小さく咳込んで顔を顰めた主の背を成笙が摩る。牀の上に片膝をついて身を乗り出したまま、主の額に手を当てた。
「六太…?、未だ……そこにおるのか?」
億劫そうに瞬きしながら、細く掠れるような吐息を吐き出す。
不自然な程視点の合わない瞳に、六太は手を伸ばした。伸ばした手は何故か震えていた。
そっと触れた主の頬が思ったよりも熱くて、途端に胸がどくんと波打つ感覚。血の気が引く音がした。
「…尚隆?」
瞳に映るように顔を近付けると怪訝そうに寄る眉。霞んで見えん、とぽつりと言葉が零れた。その音すら切れ切れで小さ過ぎる。
「尚隆…っ」
瞼さえ閉じ始めた姿に思わず六太が声を上げると、ほんの少しだけ唇が動いた。が、吐息以外の音は聞こえない。
そのままぱったりと動かなくなってしまった姿を茫然と見遣って、六太はそろそろと息を吐いた。隣りで帷湍と朱衡が慄然として臥牀に詰め寄るのを感じたが、身動きする力が無くなっていた。そんな六太の頭をぽんぽんと優しく撫でる手があった。
「眠っただけだ。問題ない」
顔上げると、成笙が眉を寄せて頷いた。
「今のも夢現だったのだろう。熱の所為で意識が沈んだり浮上したりしているんだ」
そして肩を竦めて、こんな簡単に死ぬような可愛らしい奴ではない、と一蹴。
六太は、そうだな、とそれに笑ってみせた。
「起きる頃には動けるようになっている筈だ」
「そうか…ったく心配させやがって」
「…本当に」
帷湍と朱衡もほっとしたように嘆息した。そして六太を見返す。
台輔、と成笙が背を叩いた。
「休んだ方がいい」
それにやんわりと首を振れば、成笙が腰を落として先程の帷湍のように六太の目線に合わせた。その顔は困ったように笑っている。
「もう、立つのもやっとなのだろう?」
帷湍と朱衡が目を見張った。二人も膝をついて六太の顔を覗き込む。
台輔、と朱衡が六太の手を握った。
「もうお下がり下さい。台輔も倒れてしまわれます」
青い顔の朱衡を見遣って六太は苦笑した。
「大切な麒麟様だもんな、俺」
すると帷湍が陽色の頭をはたいた。手加減されていたとはいえ予想もしていなかった事に、六太は唖然と帷湍を見返す。
朱衡がぎゅっと強めに六太の手を握り締めた。
「貴方様だからでございます。貴方様自身が、大切だからでございます」
震える声音に六太は瞬いた。順繰りに二人の顔を見遣って、そして成笙を見上げ手を伸ばした。
「…部屋まで連れてって」
「御意」
抱き上げた背をあやすように叩き、成笙は立ち上がった二人に頷く。そのまま部屋を出ようとすると、六太が帷湍と朱衡を呼んだ。
「ごめん――ありがとう」
気が抜けたからか、僅かにぐったりと成笙に抱かれている六太は、そう一言呟いて瞼を閉じた。
閉じる間際に、いいえ、と微笑した朱衡の声と、仕方のない主従だ、と嘆息した帷湍の声が聞こえた気がしたが、六太はすとんと意識を手放した。
にっこりと笑った朱衡から尚隆は目を逸らした。
「主上?皆、大変ご心配申し上げたのですよ?拙など、もう胸が張り裂けるかと…」
よよよ、と袖で涙を拭う振りをした朱衡に、尚隆は小さく、本当か?、と呟く。
するとにっこり笑って、さぁ?、と一言。
「仮にも王が、妖魔に深手を負わされて瀕死の重傷で戻ってきたと言うのに、この憎まれ口……俺は本当に臣下に恵まれんなあ」
「仮にも王が、そんな重傷を負う事自体可笑しいのですよ、主上?…何処で遊んでいらっしゃったのですか、全く。しかも他国の太子にまでご迷惑をお掛けするなんて……もう」
拙めは泣きとうございます、と両手で顔を覆った朱衡に、それで?、と尚隆が肩を竦める。すると朱衡はそろりと顔を上げて小首を傾げた。
「仕方のない方……本当にご心配申し上げたのですよ?」
「それは悪かった」
微笑した朱衡に尚隆も苦笑を返した。そして朱衡を手招く。帷湍と成笙は?、と耳打ちして、またにっこりと微笑んだ朱衡に、今ので分かった、と渋い顔をする。
「お小言は拙のみの特技ではございませんよ」
「そのようだ」
嘆息した所で、寝室の扉が開く音がした。視線を向けると陽色の頭がひょっこりと扉の隙間からこちらを覗いていた。
尚隆が手招くとぱたぱたと素直に駆けてくる。
「よぉ、死に損ない」
「開口一番がそれか。麒麟の慈悲はどうした、麒麟の慈悲の心は?」
「慈悲?あるにはあるけど、そんなもん全面に出したら、息も絶え絶えで帰ってきた所で首落として楽にしてやってるよ」
笑った六太に朱衡は瞳を細めた。臥牀の端に腰を降ろした六太に向かって一度立礼し、ふんわりと笑った。
「台輔、ようございましたね」
そして主にもそのまま立礼して退室を告げる。あぁ、と返ってきた声に含み笑いしながら下がっていった朱衡に、尚隆は内心で舌打ちをした。考えていた事がバレバレだったようだ。流石は年の功。伊達に自分より長生きしていない。
「ちゃんと労ってやったか?朱衡が一番心配してたんだぜ?帷湍も成笙も、本当に皆お前の事心配してたんだから小言くらい聞いてやれよ?」
「さぁて、申し訳ないとは思うが、小言はなあ…朱衡だけで充分だ」
「利広にも感謝しろよ?あいつがお前連れ帰ってくれたんだからな。でなきゃとっくにどっかで野垂れ死んでたよお前。俺そんな崩御の仕方嫌だかんな」
――――うっかりしちゃった。
思い切り肩に傷を負って青い顔で笑った某大国の太子。
尚隆はその顔を思い出してげんなりと肩を落とした。
たまたま一緒に居合わせて、たまたま一緒に妖魔に出くわした。ただそれだけだったのだが、珍しい利広の大失態に尚隆自身も危険な目に合ってしまった。その結果がこの大傷だ。利き腕を駄目にした利広を庇った際に、利広同様思い切り横
っ腹を引っ掻けられてしまった。
「利広はどうした?」
「応急手当てだけしてさっさと逃げたぜ。借りは返したからってさ」
利き腕をやられたからと言っても、人一人運び切れたのだから怪我も思ったより心配ないようだ。しかし、助けた相手に結局助けられるとは…笑い話にもならない。
「お前も、本当に珍しくどじったよなあ」
「足手まといがいなければ、そんなもの踏むような事はなかったのだがな」
ふーん、と鼻を鳴らした麒麟は足をぶらぶらと動かして尚隆から視線を外した。
尚隆には六太がわざとそっぽを向いた事が分かっている。
拗ねているのだ。
その理由も手に取るように分かる。
六太、と呼べば、何?、と返事だけが返る。逸らされたままの視線とは裏腹に、気配が完全にこちらを向いている事に内心で笑う。
「台輔こそ、お身体は大事ないか?」
「平気。そんなに長い間お前の傍にいなかったし」
そうか、と言って腰に手を回して小さな体を引き寄せる。
「何だよ、甘ったれ」
「どちらがだ?…良いから好きにさせろ」
すると素直に背中を尚隆に預けてきて小さく嘆息。仕方ないなあ、と呟いた耳は既に真っ赤になっていた。
尚隆は六太の首元に顔を埋めてぎゅっと腕に力を込める。
六太、とくぐもった声がすぐ近くでして、六太はくすぐったくなって首を竦めた。
「六太」
「んー?」
「もう泣いても良いぞ」
六太は尚隆を振り仰いだ。くつくつと笑う尚隆の垂れた髪を乱暴に引っ張る。
「痛くない」
目を細めた尚隆に、今度は平手打ちが飛ぶ。歯切れの良い音の後、尚隆は同じ言葉を繰り返す。
六太は尚隆と向き合うと拳を振り上げた。躊躇なく傷口を狙い――――しかし、それは振り下ろした途端に失速した。
ぺたりと尚隆の脇腹に六太の手が触れる。
「痛くない」
尚隆は六太の手の上から自らのものを重ねた。肩から衣を落として、包帯がぐるぐるに巻かれた肌に六太の手を押し当てた。
見上げてくる瞳が揺れた。
「ほら、大事なかろう?」
笑うと、六太の瞳からぼろぼろと涙が零れ落ちた。そのままゆっくりと眉が寄り、くしゃりと顔が歪む。
ふ、と小さく息が吐き出され、直ぐに引き攣るように息を吸った。しゃくりあげた六太に、尚隆はただ優しく頭を撫で上げた。
「ばかあぁ、ぁっ」
声を上げた六太の瞳から流れ落ちた涙を舐めとって、尚隆は小さな体を抱き締めた。背中をぽんぽんと叩いてやりながら、悪かった、と呟く。六太は尚隆の背にしがみ付いたまま泣き続け、涙が涸れる頃には頭に鈍い痛みが走る程になってい
た。
ずきずきと痛む頭に顔を顰めしゃくりあげる六太に、尚隆は、ふふ、と笑い声を漏らした。
「落ち着いたか?」
こくりと頷いた陽色の頭に、そうか、と笑う。そして今度は少し乱暴に頭を撫でた。
「偉い偉い」
幼子にするように撫でて、頬に残った涙の跡に口付けを落とす。気不味げな顔でそっぽを向く半身が可笑しくて、尚隆は苦笑した。
「お前が泣くなって言ったんじゃんか」
鼻を啜った六太は横目で尚隆を睨み上げた。
尚隆が昏睡した時、六太は尚隆の声をしっかり聞いていた。小さな小さな声だったが、耳元で囁かれたかのように酷く鮮明に聞こえたのだ。
――――六太、泣くなよ。
だから六太は思わず零れそうになった涙を堪えた。
弱り切った王。宰輔である自分が取り乱せば周りの不安は広がるばかり。
しかし、ぎりぎりまで駄々をこねて体調を崩したのは失態だった。余計な心労を朱衡達に掛けさせたくはなかったのに。
上手く立ち回れない自分が悔しい。悔しいが、同時に約束を守った自分を褒めて貰いたかった。
元気な声で。元気な姿で。元気な尚隆に、褒めて貰いたかった。
本当に、こちらの心臓が止まるんじゃないかと思う程心配だったのだ。不安で仕方がなかったのだ。最悪の考えが頭を過ぎる度に、六太は無理矢理自分を笑わせなければいけなかった。でなければ、直ぐに泣き出してしまいそうだったから。
「もっと褒めろ」
ぷっ、と頬を膨らませた六太の頭を撫でてやると勢いよく抱きついてきた。予想していたにも関わらず、尚隆は支え切れずに飛び付いてきた六太ごと臥牀に転がった。途端に息を詰める。
「わわっ、尚隆!」
手で目許を押さえ歯を食い縛る姿に六太はさっと青褪めた。心配ない、と片手を上げて六太を制するが、構わず六太は尚隆の上から降りて顔を心配げに覗き込んだ。傷口の辺りを摩ってやると、やっと尚隆がほっと息を吐いた。
「これでは何も出来んな……」
苦々しげに言って深く嘆息する。あ?、と覗き込んだ六太が呆れた顔をすると、髪を緩く引かれた。
「…ん」
ちゅっと唇を吸って、離す瞬間にペろりと唇を舐め上げる。真っ赤で潤んではいるが疑うような六太の眼差しに、尚隆はくつくつと笑った。
「これ以上は流石に出来んさ。…いや、台輔が是非にと申されるのなら喜んでお相手申し上げるが?」
また髪を引いて六太に口付ける。今度は浅く角度を変えて何度も唇を啄んだ。
「今は……これで我慢しろ」
耳の後ろに口付けを落とした尚隆を横目で見遣って六太は眉を寄せた。
「どっちが」
さっさと治せ、と呟いて、六太は腰に伸びた腕を抓り上げた。
友人にメールで「弱い尚隆とか凄い萌える」って言ったら書けば良いと言うので、ちょっぱやで書いたブツ。
でもあんまり弱くならなくて残念でなりません。とか言ったら違う友人に「どれだけ弱らせる気だ!」と言われてしまいました。えーダメかな。
尚隆の「泣くなよ」は『大丈夫だから』って意味だったんですが、六太は『周りが不安がるから』って間違って受け取ってしまったんですけども、その辺の複線張ったり回収したりをするのを忘れていたり、で大変申し訳ないので最後に補足(こら)
しかも六太勘違いしたまんま終わってしまってますね!わー大変!
でも最終的にはイチャイチャしてるから良いんじゃないでしょうか?うん。良いと思います。
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