・海神後の話。50年前後?くらい?(THE★曖昧)
・その内尚六になる兆しがあるようでない話。
・六太さんが尚隆のことあんまり信用していません。
・それでも宜しければ続きからどぞ。
あぁ、いっそ失道であったら楽だったのに。
垂れ下がる紗を虚に見上げた。
呼吸は荒い。苦しい、喉がざらつく。
熱の為に自然と目が潤んで、視界を歪ませていく。
(喉、渇いた)
ぽつりと呟いた。――――気がしただけだった。
実際にはかすかすの空気のようなものしか生まれなかった。
周りに人気はない。台輔、と使令が気遣わしげに声を掛けてくるが知らん顔をした。自分が弱っているのだ。使令だとて辛かろう。
それ以外に対してもだ。つい数刻前も、様子を見に来た成笙に是非しか応えていない。もうそれは会話ではない。
どうせ仕方のない奴と思われているのだろう。そんな事を鬱々と考えてしまうと、自然と口数は減り邪険に扱ってしまう。
それなの、そうか、と小さく苦笑した成笙の顔を見て、酷く自分が嫌になるのだ。
――――我が儘。
文字通り眼を覆いたくなるような後悔。本当に覆えれば少しは楽になれるかも知れないのに、腕を持ち上げるのも億劫で出来やしない。
――――と、衣擦れの音がした。
それで始めて今最も会いたくない奴が来た事を知り、酷く吐き気がした。
「起きとるのか?」
覗き込んで来た顔を無感情に見遣る。かち合わないよう視線はわざと胸元へ。
「何だ。まだくたばりそうな顔をしておるのか。早くその陰気な面を改めて貰いたいものだな」
肩を竦めた主はどっしりと寝台の上に座った。
「お前がそうしていると、俺ばかりが矢面に立たされてかなわん。朱衡が煩いのなんの…」
はぁ、と盛大につかれた溜息から六太は顔を逸らした。無意識に眉間に寄った皴の意味は『煩い』。
主が自分の所へ来た理由など知れている。見舞い等と言う殊勝な心掛けではなく、単に政務から逃げてきただけだ。寧ろさっさと関弓の城下へと逃げ出さない所が六太には気味が悪い。大方部屋の外に誰か控えているのだろうが…。
ふぅ、と熱い息の合間に嘆息する。
早く一人になりたかった。
暇潰しとは言え、病人相手につらつらと愚痴を吐く主に心底うんざりした。嫌がらせだと分かってはいても、苛々は収まらない。
何も見たくなくてぎゅっと眼を瞑る。
「それにしても、お前もまたつまらん事に頭を突っ込みおって。麒麟は慈悲の使い方を間違えとるな」
くつくつと主が笑う。
「喧嘩の仲裁なんてお前がする事ではあるまいに。首を突っ込んだ結果が仲裁役の怪我だけとは恐れ入る。何の為の仲裁役だか……使令は止めなんだか?」
一段低くなった声音に、六太はくっと目を見開いた。
「悧角達は関係ない!俺が勝手に割って入っただけだ!」
跳ね起きた途端、酷い眩暈にぐらりと頭が揺れる。それを歯を食いしばる事で耐え、主の顔を睨みつけた。
「余計なお世話だって言いたいんだろ!馬鹿な奴だって言いたいんだろ!?だったら初めからそう言えば良いだろ!俺が悪いんだ、悧角達は関係ない!」
「ほらそれだ。既にそこを間違えとるではないか」
六太の剣幕をものともせず、主は険悪に瞳を眇めた。次いで六太の身体の陰を撲り付ける。
六太はびくりと身を震わせた。
「悧角…」
――――は。申し訳ありません。
ひっそりと返ってきた声に、主は一言否と応えた。
「何の為の使令だ。巫山戯るなよ?」
唇を歪ませた主に、どくんと大きく鼓動が鳴った。ざっと頭のてっぺんから海鳴りのような音と共に血が下がって行くのが分かる。
「貴様らが何の為にいるのか分かっておるのか?これを生かす為であろう?例え無理難題を吹っ掛けられてそれで命を落とすような事があろうと、な。――麒麟の躯は褒美だ。運よく残った者へのな」
主はくつりと笑った――――そして。
「命がある限り、これは俺の物だ。鬣の一筋たりと害する事は赦さぬ」
六太は思わず、ずるりと寝台の奥へと後退った。自分の陰の中で、一瞬ひやりと冷たいものが流れたのを感じたからだ。悧角、と小さく唱える。返って来たのは無言の恭順。
六太は萎えそうになる躯を叱咤して主の瞳を見た。かちかちと奥歯がなる。
「悪かった…使令の罪は俺の罪だ。悧角達には良く俺から言い含める」
頭を下げると、ぽたりと掛け絹に汗が滴り落ちた。それが熱の所為か冷汗かは分からない。
「だからその考えが違うと言うに……」
頭上から呆れたような声が掛かる。
そっと上げた先で、主が肩を竦めた。
「まぁ良い。今日は台輔に免じて目零ししてやる――六太」
「……何?」
「お前も肝に命じて置け」
立ち上がった背から、六太は視線を逸らした。
言われなくとも分かっている。麒麟が使令を使うように、王は麒麟を使う。自分が王の唯の小間使いだなんて事、とっくに知っている。
麒麟と王の違いは、小間使いである麒麟が死ねば王も死ぬということ。自重しろ、そういう事なのだろう。わざわざ返事をする気にもなれなかった。
しかし、返事がないことを気にも留めず、さっさと部屋を出て行こうとしていた尚隆が部屋の扉の前でこちらを振り向いた。口の端に覗く笑みが気に入らず睨み付ける。すると主は、かなわんよ、と呟いた。
「心配性の人間が此処には何人もいるのだ。あまり負担を掛けてやるな。朱衡あたり倒れるぞ」
「は?」
六太はぽかんと口を開けた。が、直ぐにましまじと主を見上げる。
「もしかして、尚隆も心配してたのか?」
嫌味ったらしく目を眇めた六太に、主は、さてな、と踵を返した。
「お前が倒れると俺にまで火の粉が掛かるのが面倒なだけだ」
扉を閉め際にそう零れた言葉に六太はやっと肩の力を抜いた。
「あんたに心配されるなんて、気持ち悪いにも程がある」
言葉は相手に届く事なく、静まり返った部屋に散った。
どうして、俺は麒麟なんだろう。
再度沈んだ寝台の中で六太は瞬いた。
「麒麟じゃなきゃ、色んなものに縛られずに死ねるのに……」
あぁ、本当にいっそ失道であれば良かったのに。
そうすれば、自分も、自分が選んだものも、間違えていると安心出来るのに。
――――俺は、いつまで生きなきゃいけないのだろう。
段々と混濁していく意識の中、六太はぽつりと思った。
自分が選んだ王なのに信じきれません。
ならいっそ間違えていたら良いのに。
この病が失道であったら良いのに。
尚隆が信じられないというより自分が信じられないんです。
そんな自分が選んだ王なのだから、違うのかも知れない。
ちゃんと自分は麒麟で尚隆が王だと分かっているのですが、「~であったら良いのに」と仮定の話ばかりが頭に浮かんでしまって仕方ないんじゃないかな、と。
尚隆はまだ六太の扱いに慣れていないからちょっときつめの台詞や態度が大目です。でも六太大事なんだよ!っていうのが伝わったら良いなあ(希望)
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