・剣風帖で壬生×如月です。
・愛の大きさは壬生>如月と見せかけて、実は壬生<如月です。
・前半根暗な如月しかいませんが、それでも宜しければ続きからどぞ。
しとしとと空から滴が降る日だった。
庭に広がる草むらでは、雨に負けずに虫達が鳴いている。
こっちだよ、と、連れ合いを呼ぶ声だ。
如月は縁側でその様子をぼぉっと眺めていた。
倉の虫干しをしたかった、だとか、明日の夕飯は何にしよう、だとか。そんな他愛のない事を、唯ぼんやりと考えている。
雨は嫌いじゃない。
憂鬱になるとよく人は言うけれど、流石に豪雨や何日も盛大に降れば自分だって滅入る。
ぴちゃん、と、屋根を伝って落ちてきた滴が、軒先に置いた水瓶の中に落ちる音が鮮明に聴こえるような。ゆっくりと静かに降る雨が好きだった。
普段忙殺される事も少なくはないから、こうやって気を鎮めて何て事もない小事に意識を飛ばしている事は、心の均衡を保つには必要な事だと思っている。
仲間内では堅物だとか真面目人間だとかよく言われるが、意外と自分はそうではない。寧ろ周りが呆れる程にずぼらな所だってある。
今日は人が訪ねてくる予定だったから、あれやこれや夕飯の支度を考えていたのだが、急な仕事が入ったからと、場がお流れになってしまっていた。雨の日にわざわざ骨董屋に顔を出す酔狂な輩なんて一握りで、だからなんだか夕飯の支度さえ面倒になってしまい、今日はこのまま寝てしまおうかと思っていた所だった。明日は学校を休むという用事とは言えないような用事以外は特になく、急用が無ければ昼過ぎまで寝ようかとさえ考えている。
明日の休みだって、今日来る筈だった者の為に空けて置いたのだ。結局無意味になってしまったが。
(自由登校だったから、別に良いけれど……)
幾時間かそうやって濡れそぼつた庭を眺めていた如月は、障子戸に肩をとんと預けて珍しく行儀悪く着物のまま膝を抱えた。
柄にもない。自分は少し落ち込んでいるらしい。
抱え込んだ膝に顔を埋める。目を瞑ると、感覚が研ぎ澄まされて虫の鳴き声がより鮮明に耳に届いた。
こっちだよ。こっちだよ。
自分はここにいるんだと。庭という小さな世界の中で、彼等は相手を探して必死に声を上げていた。
好きだよ。君だけだよ、と。
君をずっと探していたのだと叫ぶのだ。
――――そんな風に、素直になれたらどんなに良かっただろうか。
いけなくなった、と、申し訳なさそうに落胆した声音が電話越しに聴こえた時、また今度にしよう、と笑って返した自分。気遣いが過ぎる彼が気にしないようにと。本心を隠して笑った。…本当は、とてもがっかりしていたくせに。
久し振りに逢えると、らしくもなく色めき立てていたのは何処の誰だ。始終そわそわと気もそぞろで、まるで少女のように彼の訪れを待っていたのは何処の誰だった。
ぽたり、と屋根を伝った雨が、瓶の中に溶けた。
空が泣いているみたいだ。
そんな詩的な台詞が頭に浮かんで、思わず自嘲の笑みが口許を歪ませた。
(――紅葉…………)
仕事の様だったけれど、こんな雨の中、彼は大丈夫だろうか。
――――逢いたい。
逢って、無事な姿を確かめたい。
傷を負ってはいないだろうか?
辛い仕事に心を痛めてはいないだろうか?
冷たい雨の中闇に紛れて駆け、風が梢を揺らすようにそっと残酷に命を狩って……。
雨が――――まるで彼の涙のようで。
(僕は、此処だよ)
この手が、この腕が、君に届いたら良いのに。
抱き締めて、温めて、愛していると伝えられたら良いのに。
(僕は此処だよ)
逢いたい。
君の顔が見たい。
それなのに、閉じ篭って待つことしか出来ない自分のなんと脆弱な事か。なんと卑怯な事か。
本心を言わずむすくれて。本心を言ったら彼に迷惑をかけてしまうと分かっているから身動きが取れない。
強欲者め。
「……………………」
僕は、此処だよ。
逢いに来て。
君を抱き締めてあげたいのも本当だけど、淋しいのも本当なんだ。
だから、逢いに来てよ。
「………………くれは」
「――はい。どうしました?」
――――幻聴かと、思った。
膝から上げた視界には、びしょ濡れの庭と、びしょ濡れの君。
「済みません。だいぶ濡れたので玄関からは無理かな、と思って……お庭から失礼します」
濡れて張り付く前髪を掻き分けて、恥ずかしそうに壬生が笑う。
呆けたように目を見開いている如月の目の前で、石畳の上に滴を零しながら、黒衣の彼は所在無さげに自分の格好に改めて視線を落とした。
「………やっぱり、これじゃあ上げてもらえませんよね」
ぐっしょりと重そうな学生服を少しだけ指でつまんで壬生が苦笑する。そこで漸く呪縛が解けた。慌てて羽織りを脱いで彼の頬に押し当てた。
「ちょっ、と、如月さん、着物が勿体ないから……」
「こんなもの安物だ。直ぐに洗濯に出せば大丈夫だよ。そんな事より、なんて格好をしているんだ。…あぁ、もう、こんなに冷えて……」
ポンポンと頭から被せた着物ごと髪を押し拭き、滴の伝う頬を両手で包む。申し訳なさそうに、すみません、と壬生が眉を下げた。それに怒っているわけじゃないと告げれば、あからさまにほっと息を吐かれた。
「一体どうしてこんなに濡れたんだい。傘は?」
「持ってません。差すと邪魔だったもので」
眉を寄せた如月に、壬生は気不味げに目を逸らした。
「差したら、走り辛いじゃないですか……」
は?
思わず口を開けた如月に、壬生の逸らされた顔が赤く染まった。
「…………走る理由が分からないんだが…」
「……………………少しでも早く、貴方に逢いたかったから…………です」
全速力でした、と真っ赤な顔が告げる。逢いたかったから、とじんわりと言葉が頭に染みてきて、首元から熱が込み上げた。耳が熱い。鼻がつんとした。あぁ、泣きそうだ。
「君は……っ……」
馬鹿だ、と告げる筈だった言葉は掠れて音にならなかった。
雨の中、傘も差さずに走ってきただなんて、なんて馬鹿な事を。こんな僕に逢う為だけに、こんなに酷い有様で。
「如月さん…?」
伸ばした腕に冷たい感触。
抱き締めた途端に着物に滴が染み入って、生温い彼の温度を伝える。
今着ているの確か結構な値段しませんでした?、と怖々と身動ぎするのに、そうだね、とだけ返す。どうやら弁償のようだよ、と告げると、苦笑する気配がした。
「まだ何の支度もしていないんだ。……君は、確か大根の桂剥き出来たよね?」
「はい」
「それじゃあ、働いて返して貰おうかな」
笑う自分に、でも、と壬生が言葉を濁した。
「後三分だけ待って下さい」
そう言って抱き返された腕に込められた力は、結局三分後も続くであろう事を如月はなんとなく察した。
雨が降っていて私が個人的に鬱々としていたので、これをネタにしようぜ!、と前向きに書いてみました。
着物で膝抱える如月くんとか酷く私のツボなんですけれど、子供っぽ過ぎたか…?
でも時々ほんのり年相応にしてくれると萌える。私が。えぇ、私が。
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